骨力洞達、気格高古:魏炳恵による柳体楷書『月賦』四条屏

乙巳(いっし)の仲夏、静寂な趣の中に、広東省江門の書家・魏炳恵(ぎ・へいけい)先生は筆を振るい、力強い「柳体(りゅうたい)」の楷書で、南朝の謝荘による辞賦の名作『月賦』を四条屏(しじょうへい)に描き出した。作品全体は、あたかも「寒潭(かんたん)に月が映る」が如く、清らかな気が紙面を満たしている。これは書家の古典文学に対する深い造詣を示すのみならず、柳公権の『神策軍碑』が持つ、鋭くも内斂(ないれん)された皇家特有の威儀を、墨跡の間に正確に捉えている。本作を観てまず感じるのは、紙を突き破らんばかりの「骨力(こつりょく)」である。その痩硬(そうこう)の中に蓄えられた張力は、霜に耐える松や金を断つ刃を彷彿とさせ、柳体美学の神髄である「鉄画銀鉤(てつがぎんこう)」を余すところなく体現している。

魏炳恵先生の筆による柳体は、単に乾いて細いだけではなく、『神策軍碑』の神韻(しんいん)を深く得たものである。その起筆は方折(ほうせつ)で果断、あたかも刀や斧で刻んだかのようであり、収筆は含蓄(がんちく)に富み、力は紙の裏まで突き通る。横画の仰俯、縦画の挺抜(ていばつ)の一つひとつが厳格な法度に則っており、浮ついた気配が微塵もない。特に、長い「撇(へつ:左払い)」や大きな「捺(なつ:右払い)」の処理において、その線条は「万年枯藤(ばんねんことう)」のごとく老練な質感を持ちながら、躍動的なリズムを失わない。静的な楷書の中に内在的な躍動感を生み出すこの「度(ど)」の把握は、書家が長年にわたり楷書の法度に沈潜し、修練を積んできた証左といえよう。

結体(字の構造)の芸術においても、この四条屏は柳体美学における「中宮(ちゅうぐゅう)を緊密にし、四面を開張する」という奇険な勢いを見事に解釈している。一文字一文字が精密な構造を持つ建築物のようであり、重心は高度に凝縮されつつ、外へと伸びる筆致は力強く広がっている。この「内緊外松(ないきんがいしょう)」の構造は、文字に孤高で気高い姿を与えるとともに、『月賦』の「白露、空を曖(くら)くし、素月、天に流る」という空霊(くうれい)な意境と相俟って、互いの美しさを引き立てている。字里行間に漂う「厳格さの中のゆとり」こそが、柳体美学において最も美しく、かつ到達困難な高嶺(たかね)である。

さらに特筆すべきは、方(ほう:角)と円(えん:丸み)の関係に対する弁証法的な処理である。柳体は方折(ほうせつ)で名高いが、そこに円転の潤いがなければ、往々にして刻板で無機質なものに陥りやすい。魏先生は運筆の過程において、提按(ていあん:筆を上げ下げする力加減)の微細な変化を巧みに取り入れた。折れ(転折)の部分は犀(さい)の角や象牙を断つように剛健でありながら、過渡部は円滑で自然であり、清奇な骨格を保ちつつも、玉(ぎょく)のような温潤な質感を纏わせている。この「骨肉相称(こつにくそうしょう)」の筆法により、本作は「北碑(ほくひ)」の雄強さと「南帖(なんじょう)」の雅やかさを兼ね備え、紙の上に清冷かつ絢爛な月光の世界を構築している。それを読めば、誰もが心曠神怡(しんこうしんい:心身ともに爽快になること)の境地に至るであろう。

作品全体を俯瞰すれば、そこには現代の書家による古典への敬畏と継承の念が溢れている。喧騒に満ちた現代において、魏炳恵先生がこれほどの忍耐と定力(じょうりき)をもって、乙巳の年に長編『月賦』を揮毫したことは、柳公権の楷書芸術に対する見事な礼讃であるのみならず、嶺南(れいなん)書壇における「守正創新(伝統を守りつつ新しきを創る)」の生き生きとした実践でもある。この四条屏は、単なる文字の器ではなく、力と均衡、そして古典美学に関する深い対話そのものである。その清健な格調と高雅な気息は、観る者の心にいつまでも深い余韻を残すに違いない。

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